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19の頃。甥っ子の大学進学に宛てて。

季節的(トキガラ的)には大学進学や卒業の時期になる。

甥っ子の勇太の進学先が、大学野球の名門校である岩手県花巻にある富士大学に決まった。

富士大学は調べてみると、西武の山川穂高・外崎修太が育った大学ということだった。そこで硬式野球を続けられるという。いわゆる野球で進学というやつだろう。野球部の3月に行われる沖縄キャンプに1年生のメンバーから選抜で参加するらしい、とも。

叔父からしてみると「!?」という出来事だった。

自分のことを棚に上げて、それはちょっと飛躍しすぎなんじゃ?というのが正直な気持ちだった。

甥っ子の進学先については、高校野球が終わった時に「野球はもう辞める」的なことを言っていたので、アスリート特有のバーンアウト的な、燃え尽きたのかな?という気持ちで心配していた。

野球は続けて欲しいけども、叔父としては野球もほどほどに大学生活やバイトなどを楽しんでもらって、大人としてこれから付き合っていけるという楽しみを想像していたのだ。

あれよあれよという間に、「勇太、富士大学行くってよ!」という兄からのLINEで、こちらの想像を遥かに超える展開になっていったのだった。人間は、というより若者はと言った方が正しいけれど、頭で考えるより気持ちが先走っていく、気持ちや感覚で流されて進路を選択するのではと思う。(一方でちゃんと考えている優秀な人はいて、それは我々とは元々頭の出来が違うのだが・・)

それらの理由は、才能というやつなのだろうと僕は感じている。否が応でも才能に引っ張られていくものだと。

甥っ子勇太はあと2ヶ月もすると、19歳になる。4月8日の誕生日に。

19歳は誰にとっても特別な一年なのかもしれない。19の時君~という歌詞が頭をよぎる。

そう、浜田省吾の『4年目の秋』の歌い出しの歌詞だ。

19の時 君うちを出てから

この都会 一人 アパート暮らし

7時に目覚まし時計止めて

コーヒーだけの朝食すませ

「今日は何を着て行こうかしら」

毎朝迷う鏡の前

でも迷うほどハンガーケースの中

洋服並んでいるわけじゃない

電車の扉に押しつけられて

朝日の中を 君は一人…

作詞作曲 浜田省吾 『4年目の秋』より引用

『北の国から’92巣立ち』で純が19歳で上京した場面が描かれ、ガススタで働く純がピザ屋のバイトで働くトロ子(裕木奈江)と恋をするシーンで流れていた。

今の歳になって、19歳というものが何なのか考えると、義務教育から卒業し、大人の世界に遷移していく変わり目の期待と不安に満ちた刺激的な一瞬なのだと理解する。

言い方を変えれば、自分と世界が変わっていく時と言い換えてもいい。

多感な時期の経験は後々まで引きずることが起きやすい時期で、元巨人の上原浩治は19歳の頃大阪で浪人していてその頃のことを忘れない為に19番の背番号にこだわっていた。

 

さて、19歳の頃に思いを馳せると、その時に自分の前に提示された「お前は何者なんだ?」「お前はこれからどう生きる?」という命題を必死で自問していたと時期だと振り返る。

時柄前夜でも書いたけれど、19歳の自分は野球で挫折し、何度も書いているが、高校を卒業して進学した野球専門学校「甲賀総合科学専門学校」で、元サムライジャパンの投手コーチ、現日本ハムファイターズの投手コーチ建山義紀はチームメートだった。恐れ多いが一時期一軍のブルペンで一緒に投げるライバルだった。

建山義紀を見て、こりゃだめだと早々に進路変更させてもらったが、19歳は挫折しやすい時期でもある。

僕が19歳の頃は、まだまだ一生の仕事になるデザインには出会っていないし、それどころかどうやってこれから生きていけばいいかの混迷の時代だった。その混迷の時代はそれから10年続くことになるのだが。

何があっても人生は続いていく、好きな野球に打ち込めるなんて幸せなことじゃないか。周りの人に感謝して歩んでいって欲しい。おじさんの人生は、19歳で計画を変更することになるが、だからと言って全然不幸せじゃない。むしろその時期があったから今の幸せがある。今をどう生きるか、それが大事なのだ。

19の頃、たくさん本を読んで、たくさん絵を描いて、たくさん文章を書いて、たくさん旅行して、たくさん写真を撮った。

野球を続けていたら経験できなかったこと、出会わなかった人、経験できなかった体験、考えることもなかった思索、出会うことのなかったであろうその時の自分。

19歳はそれだけ、感受性が豊かで、二度とない大切な時間なのだ。10代最後の一年を後になってもよかったって思い出せるように充実させて欲しい。何をやるかが重要じゃない、どういう気持ちで過ごしているかが大事なのだ。

できれば将来への希望を持って日々を過ごして欲しい。周りの人たちと仲良く、一生の友人と出会って欲しい。

そんな風に思っている。

これから19歳になっていく勇太、一流の環境で全国レベルの選手として活躍して行ってくれるかもしれない甥っ子に期待と楽しみを感じている。

勇太が通う富士大学は、岩手県花巻にある。

岩手県はデザインやものづくりの文脈においても、魅力的な土地柄なので岩手県にもご縁をいただけたらと思っている。

19歳になっていく甥っ子。僕らが過ごした10代20代の頃と時代は変わってしまったが、これからどんな青春を過ごしていくのだろうか。大好きな野球を続けられる喜びを感じながら、野球に熱中する時間をとことん味わって欲しい。東北の冬はとても寒いと思うが、それも若いからいい経験になるだろう。

大学で野球を続けられる環境を手に入れたから、ひょっとしたら全国区の選手になっていくかもしれない。

そんな妄想を抱かせるのも19歳という可能性のある年代特有の時期かもしれない。

19歳以降の現役野球はおじさんの経験にはないから、これからの勇太の歩み、楽しみにしてる。

大学野球で思いっきり野球に打ち込んでくれ。高校卒業おめでとう!高校時代、野球名門高校との試合を見せてくれてありがとな、楽しかったし嬉しかった。

中学校の時の恩師から卒業記念にいただいた言葉から引用する。

「勇太、男ならとことんやるもよし。後悔しないようにとことんやれよ!」

その先は、ケセラセラ、

なるようになるさ。

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